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“個我” の “個性” に変わるとき 

先月、ある陶芸家さんの対談に寄せて頂く機会があり
そのときのお話のひとつ。


人と違うこと
奇抜なことをすれば “個性” と呼べるのだろうか。

それが “” と言えるだろうか。


作家としての表現、自分らしさ、“個性”とは何か…


悩みに悩んで辿り着いた答えは
9割が技術、残る1割が個性であり美の表現である


どんなに自己表現をしたところで
そこに卓越した技術が伴っていなければ “” などなく
それは単なる “個我” の押し付けでしかない、と。



陶芸に限ったことではなく
あらゆる “” を表現する全ての者に言えること。


何がしたいのか、何を表現したいのか
ただ目立てばそれでいいのか
ただ壊せば、ただ造ればそれでいいのか…



個性” を求むるより前
只ひたすらに己が “技術” を研くべし。

さすれば
自ずから来たる “個我” の “個性” に変わる時。




ありがとうございます(*^-^*)← ポチッと宜しくお願いします♪

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コメント

comichiko 様


ブログにお越し頂き
またコメントもありがとうございます (^-^*)

自分と向き合い自問自答する日々…
なるほど、人生哲学そのものですね!

「いかに自分を殺すか」
そう仰っていた方もいらっしゃいました。

やはり “個性” は表わすものではなく
表われるものですよね。

妥協を許さず、終わりを決めず
常に研鑚を積んでいている人、その作品には
“美” と “個性” と共に
人心を惹きつける力も強く現われているように思います。

薄雪草 様


我が強いものは
確かに、ぱっと目を引くかもしれないけれど
中身が無いと言うか、浅いと言うか…

薄雪草様の仰るように
すぐに飽きてしまいますよね (^_^;

中でも、踏ん反りかえっているようなものは
目を引くといっても “嫌なものを見た” と
その場で目を洗いたくなってしまいますι

はじめまして

私も奇をてらう事と、個性は別次元の問題だと思っています。
オリジナリティって、その人の哲学なのではないでしょうか。
表現したいもの(目的)を追求していく過程で、
自我や個人の好き嫌いはむしろ邪魔。
表現を突き詰めた結果、個性が表れるものだと思います。

おはようございます!

そうですよねー
わたしも
伝統と技術の上に個性を
それが美だと常々思っています。
個性を表現したものは
飽きます.....

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